日本の洋燈(石油ランプ)の歴史

石油ランプはガラス、陶器、金属などでつくられた油壷と、油壷の上部につけられている真鍮製の燃口が本体である。                               その燃口に綿糸を紡り合した丸芯や編んだ平芯・巻芯を挿入して油壷に浸し、毛細管現象を利用して点灯する仕組みになっており、燃口の金具には芯を上下させ炎の明るさを調整するための歯車がつけられている。                              火口には上部は棒状で下の膨らんだ丸ホヤや円筒形の竹ホヤを冠せ、煙突と炎を風から守って消えぬ役目を果たさせている。

① 芯 (しん)

善光寺大門蔵 「一ノ蔵」
蔵内仕訳の仕分終了後掲載予定です

カンテラや豆ランプには錦糸を紡った丸芯が用いられているが、ほとんどのランプには平芯や糸芯が用いられている。錦糸を編んでつくった平芯はフランス人ジ-ルの発明になるもので、芯の幅によって二分芯、三分芯、五分芯、七分芯とあり、火口は一直線で芯の太さによって石油の消費量がちがう、つまり光力が異なって来るわけである。正岡子規は、「豆ランプよりは三分芯のランプが僅かに可に、三分芯よりは五分芯が善く、五分芯より丸芯(巻芯)は善し」といい、「余は丸芯西洋型の置きランプを得たしと思えどもそれも得ず」と誌しているから、明るい巻芯のアルガン燈がよほど欲しかったのであろう。平芯の台ランプと巻芯のアルガン燈の火口は異なっている。平芯の台ランプには丸ホヤを四つの止金で支えているから、このランプを二分四つ手、五分四つ手と呼んでいて、丸笠や花笠は冠せない。これに対して丸芯のアルガン燈には円筒形の竹ホヤを冠せ、真鍮板の受け皿によって笠をささえる。吊ランプのほとんどは平芯ランプで、強い光力を必要とする商店や工場などには八分芯のランプや平芯二個を並列した両芯ランプが用いられ、一般家庭では三分・五分の置きランプ、五分芯の吊ランプ・台ランプが使われていた。

② 口金 (くちがね)

善光寺大門蔵 「一ノ蔵」
蔵内仕訳の仕分終了後掲載予定です

明治初年のころには、口金も輸入品であった。修理の口金や明治初期に作られた和製ランプの口金はすべて手造りのものであった。しかし現在残されている和製ランプの口金を見ると、手造りと思われるものはほとんど見られず、真鍮板を金型でプレス加工したものが多いから、これらのランプの口金は輸入された外国製品を使ったものか、あるいは日本の機械工業の発達によってプレス加工が可能になった明治十四・五年以降に作られたランプということができよう。わが国でランプの燃口・金具を国産化したのは大阪の平栗種吉であった。明治十三年種吉は友人とともに赤心社を設立して口金製造を開始したが、この工場は不幸にしてまもなく火災にあって焼失した。翌十四年、種吉は村山龍平・芝川又平と大阪中の島に仮工場を建て、社名も「三平舎」と改め再出発した。三平舎では創業開始後の四か月間に一千八百五十六ダ-スの完成品と七百ダ-スの半製品を製造したといわれ、明治十七年には、四六六五六六個、二十年には二三二八四〇〇個もの口金を製造しアジア各地に輸出するにいたった。

「三平舎」詳しくはこちら

③ ホヤ (ほや)

善光寺大門蔵 「一ノ蔵」
蔵内仕訳の仕分終了後掲載予定です

わが国で最初につくられたランプ用品は吊ランプに用いる平芯用の丸ホヤであった。これは、取り扱いの不注意などによって壊れることが多くそのため需要が増えてきたことにあった。丸ホヤは早くも文久二年(1862年)ごろに大阪で吹かれたとされているが、規格通りのものが量的に生産されず最初の試みは失敗に帰している。これが均一的な量産化を見るのは慶応四年(明治元年)川口居留地開設以後のことである。長崎では明治三年ごろには小曽根正樹の工場でつくられたホヤがさかんに香港・上海方面に輸出された。東京は比較的遅く加賀屋久兵衛の従弟であった沢定次郎によって明治四年から始められた。これら明治初年に造られたホヤや油壷は、江戸期のガラスと同じ材料の鉛ガラスであった。西洋の新しいガラス製法やソ-ダガラスが紹介されるのはこれよりも後のことである。ソ-ダガラスを最初に造ったのは官営品川硝子製作所で、やがて明治十年ごろには大阪に伝わった。しかしソ-ダガラスによる器物が一般的に量産化され出まわってくるのは明治十六年以降のことである。竹ホヤの製造は丸ホヤに比べるとはるかに遅く、明治二十六年、大阪の吉田岩吉によって初めて造られた。最初のころは宙吹きで吹かれていたが、均一的な量産が出来なかった。その不揃いの欠点をなくすために竹を利用する事を思いついたのである。竹を細かく割って規格の寸法に円く合わせて型にしたところから竹ホヤの名がある。後には木型が使われるようになり、さらに金型が使われ、それも真鍮製のものから鋳鉄製へと変わっていった。 竹ホヤは巻芯のアルガン燈に使用されていたが、改良され空気ランプが出現すると光力も強く燃口が高度に熱せられるため、それに応じて熱の当たる部分が球場に膨らみ上部が円筒になった改良型が造られた。この時代になると日本のガラス工業もその形にただちに対応できる技術を持つようになっていた。

日本のガラス小史② 
品川硝子製作所  クリック

④ 笠 (かさ)

善光寺大門蔵 「一ノ蔵」
蔵内仕訳の仕分終了後掲載予定です

最初のランプは照明器具としてその実用性だけが重んじられていたが、しだいに室内調度として種々の装飾が施されるようになってきた。とくにランプの笠などは形のうえから、また色彩のうえから種々の変化が与えられるようになった。たとえばカット、グラビ-ル、絵付けなどがそれである。つまりランプの面白さは何といっても笠の形と色彩にあるといっても言い過ぎではない。笠には平傘、石笠、丸笠、花笠と四種類あって、吊ランプには平傘と石笠が用いられる。乳白色ガラスの深鉢型の笠を石笠と呼んでいる。当初年度を成型に用いていたが一回の使用にしか耐えられなかったため素材の黒石を削磨して滑らかにしたものを成型に用いるようになったことから石笠の名称が生まれた。

⑤ ガラスの装飾法

江戸切子や薩摩切子に見られる成功巧妙な切子の技法は江戸期限りで途絶えていた。官営品川硝子製作所でイギリス人技師を招いて伝習を始め、再びわが国にもイギリス流カット技法が伝播することになるのである沸化水素酸によってガラスの表面を浸蝕させ、細かな文様を画くエッチングの技法を輸入された。明治17年には小林利三郎が蛍石と硫酸を混合加熱した腐蝕加工の技術を開発、丸笠や花笠などに花鳥模様を描いて売り出している。サンドプラス、いわゆる砂吹法と呼ばれる技法は、文様以外の部分に細かい砂を吹き付けガラスの表面を不透明にする技法で、笠に加工されたものが多く見受けられるが、この技法で模様ガラスがつくられるのは明治末年のことである。ダイヤモンドや金属でガラスの表面を引っ搔いて文様を彫刻するグラビ-ル加工は、江戸期のガラスにもみられるが、この技法も途絶え、回転する金属板に器体をあてて彫り込んでいく近代的なグラビ-ル技法がもたらされたのは大正期に入ってからのことである。したがってグラビ-ルによつて繊細に飾られた花笠はまず日本でつくられた製品でないと判断していい。ガラスの表面に漆で文様を描き、そのうえに錫粉を撒いて金蒔絵のような効果を表した絵付の方法は、江戸時代に盛んに用いられた装飾技法であるが、明治に入ると色エナメル焼付の技法が紹介された。これは色エナメルで彩画した後、アツフル炉でその彩画模様をガラスの表面に焼付ける方法だが、この色エナメル絵付のランプがつくられ始めるのが明治20年後半である。プレスガラス、押方ガラスがつくられるようになったのもやはり明治も末期になってからである。

まとめ

以上のわが国におけるランプ部品の製作技法とその変遷過程を見てもわかるように、幕末期にはじめて紹介されたランプは、まずはホヤの製造から始まり、明治6.7年頃の開化の風潮によって流行普及し、この頃初めて国産ランプが出回るようになり、その本格的な製品化は明治14,5年で、20年代に入ると早くも和製ランプや部品が支那、朝鮮、東南アジア地方に向け盛んに輸出されるようになった。これらの製作技法とその変遷過程によってランプの普及の程度を知ることができるとともに、和製ランプ制作年代をほぼ正確に推定することが出来る。

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岡本文一(おかもとぶんいち)
早稲田大学卒業
東京ガラス工芸研究所
明星大学教授、名誉教授

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「川村驥山扇 揮毫」

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NHK「チコちゃんに叱られる」2月28日放送【石油ランプの秘密】で当店HPの石油ランプの資料が使用されました。

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